CREATOR COLUMN

行きつく先は、いつだって人だから

2026年09月20日 富山、石川、新潟、岐阜

0歳から100歳まで

0歳から、100歳まで———。

これまで私が現場で関わってきた人の、年齢の幅です。

障がい、介護、保育、歯科医療と、幅広い現場を経験してきました。

分野の名前で言えばそう説明することになるけれど、実際にそこにあったのは人と想いでした。

0歳の子だって、母親を求めて泣きます。

そして、求めていた人が来れば、喜び、泣き止みます。

90歳を超えた認知症のあるご婦人は、友人や家族の話を生き生きと語ってくれていました。

年齢も、状態も、まるで違うけれど、伝わった瞬間に生まれるものは同じでした。

表情が変わるのは、言葉になった瞬間

現場には、うまく言葉にできない人がたくさんいました。

まだ二歳くらいまでの子どもたち、障がいのある人、認知症のある人。

でも、伝えたいことがないわけではないのです。

確かにあるのですが、形にならないというのが正確なところでしょう。

だからこちらは待ちます。

そして、聞くのではなく「聴く」。

表情を見て、声の調子を聴いて、「こういうこと?」と置いてみる。

奥にある想いごと、受け取ろうと向き合う。

違えば、また一緒に考えます。

そして、なんとなくでも納得できる、そんな落としどころにたどり着けた瞬間———。

それはいつも、言葉にできたときでした。

たぶん私は、あの表情が変わる瞬間がずっと好きなのだと思います。

十数年、そういう場所にいました。

富山で、伝える側に立つということ

いま私は、富山を拠点にクリエイターとして活動しています。

取材やヒアリングをして、記事を書いて、写真を撮って、SNSの運用や書籍の執筆をする。

肩書きとして「ライターです」とは、あまり名乗らないようにしています。

実際には、ライターとしてお仕事をいただくことが多いのですが……。

書くことが嫌いなわけではありません。

ただ、私がしていることの中心は、書くことではない気がしているのです。

まず、「聴く」。

その人が何を大事にしているのかを受け取って、伝えるのに一番いい形を探す。

結果として文章になることもあれば、写真のほうが早いこともあるし、一枚の投稿で足りることもあるし、書籍という長編になることもあり得ます。

形は毎回変わりますが、聴くところから始まるのは変わりません。

ただ、伝える側に立ってはじめて見えたことがありました。

想いには、必ず届ける先がある

発信の仕事には、空想の段階で物事を語れてしまう危うさがあります。

きれいな言葉を並べるだけでも、耳触りのいい発信はできてしまう。

でも、机上の空論や絵空事で終わらせたくはないのです。

なぜなら、その先には必ず読む人がいるからです。

そして気づきました。

想いというのは、届ける先があってはじめて生まれるものなのだと。

誰かに伝えたいから、言葉にしたくなる。

届けたい相手がいるから、想いは形を求めはじめる。

現場で私が聴いていたあの言葉も、そうでした。

母親に伝えたいから、泣く。

聞いてくれる人がいるから、語る。

届ける先のない想いは、たぶん生まれてすらこないのだと思います。

預かった想いを、言葉にする

だから私は、想いを聴くとき、その先にいる人のことも一緒に考えます。

そこには人がいて、想いがあります。

嬉しさも、喜びもある。

同じだけ、うまくいかないもどかしさも、泥臭さもある。

その全部を含めて人なのだということを、現場で過ごした時間が教えてくれました。

発信する人、あるいはその想いを代弁するクリエイターが、しっかりと想いを言葉にする。

読んだ人の心に、すっと落ちる。

そういう発信をしたいと思っています。

言葉になったとき、人の表情は変わるから。

届ける先を想って

ヒトとして生きること。

人と生きること。

それは結局、目の前のその人と向き合うことなのだと思います。

介助の手を添えていたときも、話を聴いていたときも、いま取材の場に座っているときも、していることは同じです。

常に、最適な形を探し続けているだけ。

届ける先を想って、言葉を選ぶ。

届ける先を想って、写真を撮る。

誰に届いてほしいのかが見えていない発信は、たぶんどこにも届きません。

行きつく先は、いつだって人だから。